08.07.11

【空色ピアノ短編小説 桜と青の世界】 「美保子先輩、どうして光先輩と付き合ってるんですか?」 「……へ?」 購買部で会ったのをきっかけに、中等部二年の皆川爽太と高等部一年の小咲美保子が屋上で食事をしていた。 何故こんな年の離れた二人が一緒なのかといえば、その理由はただ一つ。 単に美保子が入学当時から目立っていた爽太に声を掛けまくった事がきっかけである。 爽太は爽太で、美保子が学園長のコネを持っている事を知り、自分に何かしらの得があると踏んで一緒にいる。 一言で言ってしまえば、奇妙な付き合いな二人なのである。 そんな爽太が突然言い放った一言に、美保子は身動きが取れずにいる。 瞬きを数回繰り返し、徐々に顔を赤らめる。 その変化が面白かったのか、爽太はさらなる追い打ちをかけた。 「光先輩のどこが一番好きなんですか?」 「え!? そ、その……やさしいとこ」 「ふーん」 人の惚気話は聞いていても退屈だというが、彼女の場合は別だと爽太は思った。 表情がコロコロ変わるし、第一美保子も美保子の彼氏である由沢光の事もよく知っている。 見るからに堅物な光が、どんなふうに美保子と接するのか、とても興味があったのだ。 「で?きっかけはなんですか」 「ちょ、なんで今日はそんなにSなの?」 「そんな事無いですよ。教えて下さい」 「えー……」 美保子も爽太の事はよく知っている。 一度言い出せば聞かない頑固者だ。 美保子はため息をつき、抵抗を潔く諦める事にした。 「きっかけか……やっぱ、入学した時は、カッコイイ人がいるなーって思ったよ」 微笑みながら思い出す美保子をじっと見つめつつ、爽太は菓子パンと一緒に買ったコーヒー牛乳のストローを くわえた。 「こう見えて私、少し人見知りするんだよ。人が怖いって思う事があって、入学式が終わってクラスに行っても うまく人と話せなかった。そんな自分を変えたくて誰も知り合いがいない学校を受験して、中学に上がったの。 でも、何も変わらないなって思った」 そんな時、たまたま先輩が桜がキレイに咲いている、という話を聞いたのである。 美保子は教室に一人でいるのが息苦しくて、昼休みに教室から逃げるように出て桜を見に行ったのだという。 「本当に、ほんっとにキレイだったよ。あたり一面ピンク色で、しかも桜がソメイヨシノじゃなくてしだれ桜 なの。だから、桜が小さな秘密基地を作ってるみたいだった。人はたくさんいたけど、そんなの気にならなかった。 桜が隠してくれたから、少しも怖くなかったの」 桜が美しい、というのは爽太もよく知っている事だ。 恋夢学園の学園長が桜好きで有名で、しだれ桜も学園長のこだわりだという。 「そこで、光に出会ったの」 桜の中で、一人根元に横たわる男子生徒を見つけた。 よく見れば、入学式で自分がカッコイイと見惚れてしまった生徒である。 美保子がじっと見ているのに気づいたのか、光は体を起こして小さく手招きをした。 首をかしげつつも、美保子はその手に誘われるまま光に近づく。 「何してるのって聞いたら、光、桜を見てたってわかりきった事言うんだよ。笑っちゃったよ」 「あぁ、そういうタイプですよね。わかります、なんとなく」 光は着ていた上着を脱ぎ、地面に広げた。 そして、自分は地面に再び横たわって美保子に横になってみろと言った。 「なんで?何が見えるの?」 「見てみればいい。自分の目で、何が見えるか確かめてみろよ」 美保子は戸惑いつつも横たわってみる。 光に一言詫びて、上着の上に寝転がる。 「……あ」 そこには、桜の間からほんの少しだけ青空が見えたのだ。 ピンク色の世界から漏れる、青い世界。 この中にいて、少し忘れかけていた日常。 光は空を見つめたまま、呟いた。 「新しい生活も、あの光景と同じかもしれない」 「え?」 「今は周りが見えないくらいだけど、違う方に視線を向ければ、いつもの世界がある。 人とは違う視点に立てばいいんだ。そうすれば、ほっとできる日常がある」 「人とは違う……」 「小咲美保子だろ?」 「え?あ、うん」 「由沢光。光でいい」 「美保子でいいよ、光」 その間、二人は一度もお互いの顔を見なかった。 ただじっと、青い空を見つめていた…… 「人とは違う視点。光に言われたとおりにしようと思ったけど、私にはさっぱり意味がわからなくてね。 でも、教室に帰ってみたら、なんだか周りが桜だらけのあの空間みたいになにも見えなくなったの。 それで、光みたいに人とは違う見方をしてみた。 ……で、春琉と出会ったの」 「春琉先輩?」 「そう。春琉も、私とおんなじように一人だったの。ぼんやり窓から空を眺めていてね、なんだかつまらなそう だったの。声をかけたら、ありがとうって言われちゃったよ」 「なるほど」 お互いにほっとしたに違いない。 こうして、美保子は教室という桜の中で、春琉という青空を見つけられたのだ。 「すぐ光に報告しに行ったよ。でも、教室にはいなかった。やっぱり桜の中にいたんだ、光は」 何も言わず、美保子は静かに光の横に座った。 光は美保子が来るとわかっていたのか、あらかじめ脱いでいた上着を差し出し、美保子は笑顔でそれを受け取った。 「ありがとう」 「いや」 「違うの。友達が出来たって事を報告したくて。光に言われたとおりに、青空を見つけられたよ。 私の最初の友達。 あ、違うか。光が一番だもんね」 「違わないだろ。おれは友達じゃない」 「……そ、そっか」 「いきなりで悪いけど、」 「な、何!?」 「付き合ってくれ」 「……はい?」 「てっきり帰れとか言われるのかと思ってさ、びっくりしちゃったよ」 「いきなりすぎません?」 「いいの。光は一目惚れとか言ってきたけど、私は嬉しかったし」 「……顔真っ赤ですけど」 「う、うるさい!」 心底惚れているのは、もしかしたら美保子の方なのかもしれないと爽太は思った。 今も光を想ってにっこりと笑顔を浮かべている。 この学園で今、彼女が笑って過ごしているのは光がいたからだ。 そして、今も…… 「こんなトコにいたのか」 「え、光!?」 「教室にいないから探した。 爽太が一緒だったのか」 「こんにちは、光先輩。今ちょうど二人の馴れ初めを聞いてました」 「馴れ初め?」 「ちょ、照れるからやめて!」 「そういえばあの後に学園長の弱みをゲットしたとか言ってなかったか?」 「え?あ、まぁねー。教えないけど♪」 「あ、そ」 光は、美保子の前では笑う。 その笑顔を見ていると、爽太はさっきまでの自分の考えを改める。 光が何より美保子を想っているのは、今の二人を見れば一目瞭然だ。 「なんか暑い。おれ教室に戻りますね。 じゃ」 「へ!?ちょ、そうちゃん!」 ひらひらと手を振りつつ、爽太は屋上を後にする。 たまにはこんな日も悪くない。 「桜、か」 いつかは自分もそんな出会いをするのだろうか。 次の春は、桜の下に横たわってみようか。 自分にも、空を見つけられるだろうか……