08.04.21

【空色ピアノ短編小説 僕の気持ちが君に向く】 「だーるーまーさーんーがー……転んだっ!」 「っ!」 楽しげな声が響くのは、恋夢学園では有名なホスト部という部室の中。 少し変わった部活ではあるが、女生徒には絶大なる人気を誇っている。 二つのホスト部が存在するが、今回はそのうちの一つ、「ディア」のお話である…… 「転んだ! あ!さっちゃん動いた!」 「う、動いてないですよぅ!」 「ダメ!鬼が動いたって言うんだから従いなさい!」 「はーい」 「脅迫じゃねーか」 「何か言った?健吾」 「な、何でもねーよ!」 子供の頃の懐かしい遊びブームが起こっている彼らは、部活の前に遊びを取り入れている。 今日は「だるまさんが転んだ」の日らしい。 部長である小坂美保子が鬼となり、他の部員達は美保子の理不尽な脅迫にも屈せずに戦っている。 「だるまさんが転んだは戦争だ!」と言い放った米木健吾は、さっそく美保子のターゲットとなりつつある。 先ほどから健吾しか見ていない。 それにすこし不機嫌そうな態度を見せつつあるのが、彼、由沢光である。 「だるまさんがーーー転んだ!!」 「ぐっ!」 「あ!光、動いた!」 「……うん」 「なんだ、素直だなコノヤロー」 「はい!じゃあこっちにきて鬼に繋がれて下さい!」 「わかった」 動いたと言われ、光は少し嬉しそうな表情で美保子の元へ向かう。 今まで手をつないでいた年下の部員、中等部三年の愛丘皐月と美保子の間に割り入り、光は美保子の手を握った。 「ちょ、光?」 「なんだ?繋がれてるのが、ルールだろ?」 「ま、まぁそうだけど……」 美保子以上に戸惑っているのが、皐月だった。 光に手を差し出され、笑いを堪えつつその手を取った。 「さーて、再開するよ!!」 「かかってこいや!」 「……あ、健吾、動いた」 「あ」 思い切り振りあげた腕をじっと見つめ、健吾はぴたりと動きを止める。 一瞬だけ静まり返った室内に、どっと笑いが沸き起こる。 「楽しいですね、光先輩」 皐月にそう言われ、光は隣で笑顔を浮かべる美保子の横顔を見つめ、「あぁ」と答える。 その時だ。 ため息交じりで部室に姿を現したのは、中等部二年の皆川爽太であった。 まだやっていたのかと少々うんざりしつつ、爽太は美保子にぺこりと頭を下げた。 「こんにちは、先輩」 「もぅ!遅いよそうちゃん!」 「すみません。終わった頃に来る予定だったので」 「おいコラ!どういう意味だ!」 「あぁ、健吾先輩には伝わりませんでした?すみませんね、わかりやすく言いましょうか?」 「ちょっと馬鹿にしてんだろ!」 「いいえ、そんな。 ちょっとなんかじゃありませんよ」 「コノヤロー!!」 「し、師匠落ち着いて!」 爽太は涼しそうな顔で三人に加わる。 健吾の文句は聞き流し、爽太はちらりと落ち着き払った様子の光を見た。 実を言うと、入る前に美保子の手を嬉しそうにつないでいた光を目撃していたのだ。 ……爽太の頭の中に存在する悪魔が、素晴しいアイディアを叩きだす。 「美保子先輩、ちょっとルール付け加えません?」 「なに?」 「鬼にタッチじゃなく、ほっぺにキスにしましょうよ」 「は!?」 「な、何言ってんだ爽太」 「何って、光先輩もそっちの方が楽しいでしょ?」 そう言われると、光は否定できない。 ひたすらに顔を真っ赤に染める美保子がおかしくて、爽太はニヤリと笑みを浮かべた。 「さて、やりましょうか。だるまさんが転んだは戦争ですもんね」 「ちょ、ちょっとまってよ!」 「……その通りだな」 「や、やるんですか!?」 「マジでか」 「逃げてもいいですよ、健吾先輩?」 「っ! 男が逃げてたまるかコノヤロー!」 「えぇ!?師匠までなに乗せられてるんですか!!」 「美保子、始めて」 「ほほ、ホントに!?」 光の真剣なまなざしに圧されるようにして、美保子は振り返った。 心臓は大きく高鳴る。 そして、そっとつぶやいた。 「だ、だるまさんが……」 それは、ほんの一瞬の事だった。 美保子が背を見せた直後に、一つの黒い影が風を切って走り去ったのだ。 何が起きたのか、全く理解できないまま、その黒い影は美保子の頬にキスをしたのだ。 「……え?」 「はい!私の勝ち!!美保子のほっぺは渡さないよ!」 「は、春琉……?」 もう一つのホスト部の部長である、神坂春琉が満面の笑みで四人を指差した。 いまだに何が起こったのか理解できない彼らをよそに、二人は春琉の手土産であるケーキで盛り上がる。 コレはこれで面白いオチだと満足そうな表情の爽太が二人の談笑に加わり、ほっとしたような様子の皐月が続く。 呆然と立ち尽くして動けなくなっている光の肩を、健吾が優しく叩いた。 言葉をかけられず、健吾はそのまま無言で立ち去る。 光はこの時から、神坂春琉を強大なライバルだと実感した。 由沢光がしばらく神坂春琉に近寄ろうとしなかったのは、また別の話だ……