08.06.25

夏休み・・・ それは、春と同じくらいの確率で「恋の季節」と称される。 なんだかわくわくする、ドキドキする、そんな雰囲気がそうさせるのかもしれない。 そして、一人の少年が、まさにそんな夏を迎えようとしていた・・・・・・ 【空色ピアノ短編小説 夏の幻】 「・・・マジ?」 行きつけの図書館の前で汗だくで立ち尽くす少年は、「本日閉館」の文字を見て がっくりと肩を落とす。 休みと思われたが、どうやら改装工事の為にしばらく休館するらしい。 「はぁ・・・」 深いため息をつき、少年はくるりと向きを変えた。 そして、そこで見つけたとある背中。 後ろ姿でも誰なのかわかってしまう程の親しい仲であるその人物は、携帯で何やら必死に説明をしているらしかった。 「だ、だからどうしても抜けられない用事があって・・・え?そそ、そんな事あるわけないよ!」 何やら緊迫した様子だ。 そっと近づきながら、少年は声をかけようとした。 ・・・その時だった。 「よ!!!爽太じゃねーか!!」 「っ! 健吾、先輩・・・」 「なーにそんな嬉しそうな顔してやがんだ!?」 「コレが嬉しそうと思うなら、先輩、めがねかけた方がいいっすよ」 「つか、アレ? 皐月じゃんか」 人の話を聞いていないらしい、突然現れた人物に苛立ちを覚えながらも、爽太、と呼ばれた少年は説明を始めた。 「おれが見かけたときからあんな感じっすよ。なんか必死に説明してますけど」 「なんだろーな?」 建物の陰からこっそりと様子をうかがう健吾と爽太。 皐月はいまだに携帯で説明を続けていた。 「だ、だからごめんって!独りにしちゃって・・・悪いと、思ってるよ」 「ささ、皐月のくせになんて事言ってんだ!?」 「皐月のくせにって、愛丘先輩は結構モテますよ、誰かと違って」 「誰かって誰だよ?」 「オメーだろ、健吾」 「のわっ!?かかか、佳乃!?」 「よぅ。何してんだオメーら」 「佳乃先輩。どうもっす」 ひらひらと手を振ってこたえる、派手な柄シャツに身を包んだ人物、佳乃はにかっと歯を見せて笑った。 「見て下さいよ、佳乃先輩」 「皐月じゃねーか。 なんだ?なんかモメてるみてーだな」 「そうなんだよ。独りにして悪かったとか、そんなことさっきから言ってて・・・」 「そんなことないよ!僕は、僕・・・君の事大好きだよっ!」 「え・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 太陽がギラギラと輝く真夏。 三人の男の叫び声が、こだました・・・・・・ 「盗み聞きなんてひどいですっ」 「す、すんません」 後輩の前で小さくなっているのは、一番大きな声で騒いだと皐月に言われてしまった健吾だった。 爽太は例の如く悪びれた様子もなく団扇でパタパタと自分を仰ぎ、佳乃はそんな健吾を楽しそうに見つめている。 皐月は頬を膨らませて腕を組み、仁王立ちだ。 「おれは、ホラ、爽太に付き合ってだな」 「責任転嫁ですか?大体おれは声をかけようとしたんすよ。そこにアンタが来たんじゃないすか」 「そそそ、そうだった・・・か?」 「そうっすよ」 「ま、健吾ならあり得るな」 「うるせーよ佳乃!」 「もういいですからっ!喧嘩しないで下さいよぅ!」 皐月の訴えに、健吾は再度頭を下げるハメになる。 ため息を吐く皐月に、健吾がついに口を開いた。 「なぁ・・・さっきの、彼女からの電話だったり?」 その質問は、健吾なりにジョークのつもりで吐いた言葉だった。 だが・・・それは思わぬ方向へと向かってしまったのである。 「彼女、ですか・・・うぅーん・・・そういう表現をするなら、そうかもしれないです、ね」 三人は顔を見合わせ、健吾は「ちょっとそこにいろよ」と告げて佳乃と爽太の肩を抱く。 円陣を組むような態勢で、緊急会議が開かれた。 「ちょっ、なんすか?」 「なっ、おまっ、聞いてなかったの!?さ つ き!!アイツいつの間に彼女なんざこさえたんだよ!」 「こさえたって・・・」 「おれはもともと部室が違うから気付かなかったけどな。お前らがわからなかったってのはすげーな、ある意味」 「健吾先輩なんてしょっちゅう一緒にいるのに」 「信用ないんじゃねーの?」 「うっ、うるせー!!」 「あの・・・どうしたんですか?」 緊急会議は皐月の登場によって打ち切られ、健吾と佳乃は愛想笑いを浮かべる羽目となった。 「い、いやぁ・・・」 「今誰と電話してたんですか?」 「お、おい!!!」 「そのぉ・・・えっと・・・・・・はは」 頬を赤くして俯く皐月を見て、三人は再び顔を見合わせる。 健吾は何かを決意したらしい表情で皐月の肩を掴んだ。 「な、なんですか?師匠・・・」 「皐月・・・お前がおれに隠し事なんて、酷くないか?」 「かくし、ごと?」 「なにか、相談事があるんじゃないのか?一人で抱え込むなよ!」 皐月は困惑した表情から、徐々に俯いていく。 佳乃が爽太の隣に立ち、二人は顔を見合せた。 「や、やっぱか」 「あの愛丘先輩が・・・」 「一体いつから?」 「先月から、なんです。だけど最近あまり構ってあげられなくて、すねられちゃいました」 「そりゃあそうだ!独りぼっちにされたら誰だって機嫌損ねるっての!」 「そうですよね」と、皐月は苦笑を浮かべた。 健吾は皐月の肩を抱き、にっこり笑って言った。 「大丈夫だって!今からでも、絶対遅くねぇって!」 「・・・はいっ」 「しっかし、あの皐月がなァ・・・マジでびっくりしたよ」 「愛丘先輩も隅に置けないっすね」 「隅に? どういう意味?」 「・・・・・・え?」 「え? は、はい?」 四人に、明らかな困惑。 何が何だか、誰一人としてわかっていないのだ。 「えっと・・・皐月、さん?」 「なな、なんですか?師匠」 「お前の携帯の相手って、だぁれ?」 「あ、さっきのですか? ウチの猫ですよ!まだ赤ちゃんで、もう可愛いんですよーっ!」 ほぼ同時に、三人の動き・表情が硬くなる。 そして、ゆっくりと、爽太と佳乃は同時に健吾を見た。 なぁ・・・さっきの、彼女からの電話だったり? この言葉が、何もかもを変えた。 この言葉が、全ての始まりだった。 「うあっ!また電話! じゃあ先輩方!爽太君!また休み明けにーっ!」 眩しい笑顔で走り去る皐月を見送ったのは、健吾だけだった。 残る二人は健吾を見つめ、いや、睨みつけ・・・そして。 「ぎゃああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」