08.06.16

【空色ピアノ オリジナル小説版  <ある二人の日常>】 「爽太君?」 「……皐月先輩」 図書室で偶然出会ったのは、同じ部活に所属する一つ上の先輩だった。 あまり関わりたくない、というのが本音で、おれは先輩に対する態度ではない表情で頭を下げた。 「相変わらずだなぁ、爽太君。ここ、座っていい?」 「はぁ」 ため息ともとれる返事を返すと、皐月先輩はにこにこと笑顔を浮かべて向かいに座った。 手にしているのは格闘技系の本。 何かやるのだろうかと声をかけようと思ったが、止めた。 長々と話をされても迷惑だ。 第一この人の性格を考えれば、おれがどんなに嫌な顔をしても受け流す。 それを知ってか知らずか、目の前の先輩は本を見せつつ説明を始めてしまった。 「空手、カッコイイと思わない?始めてみようかなって思ってるんだ!」 「へー」 「合気道も考えたんだけどね。なんか袴って憧れちゃうよね」 「ふーん」 「そしたら剣道とか、あ!弓道もいいね!」 「んー」 真面目に聞いてはいないが、どうしても耳に入ってきてしまう。 適当な事を言って出ていこうか。 でも、本が途中だ。 貸し出し処理と、返却が面倒だし、ここで読んで帰りたい。 おれは適当な相槌を繰り返しつつ、適当に話を流した。 「爽太君はどんな格闘技やりたいと思う?」 「いいです」 「何がいいです?」 「いや、結構ですって意味のいいです」 「そうだなー何がいいかなー……」 だめだ。 人の事は言えないが、この人も人の話を聞いちゃいない。 おれは諦めて本を閉じた。 「確かに弓道は憧れますね」 「爽太君が弓道……なんか、人に向けて矢を射っちゃいそうだね!」 「……」 あえてどういう意味かと聞かないのは、自分がどんな人間かをよくわかっているからだ。 だが、悪気もなくこうも清々しいくらいに言い放つなんて、ある意味すごい。 「じゃあ、剣道は?」 「かっこいいけど、負けた相手をさらにぶちのめしちゃいそうだねぇ」 こう否定続きでは、少し悔しくなってきてしまう。 おれは腕を組んで考えた。 「柔道は?」 「え?爽太君、そんな細いのに人を投げ飛ばせるの?」 「じゃあ空手」 「まぁ子供でもできるしね」 「少林拳とか、カンフーとか」 「どこで習うの?」 「知らないけど……じゃあ、ボクシング」 「立て!爽太!!って、僕が叫んであげるね」 「やられる事前提ですか」 あぁ、くそ…… この人と会話するのがこうも疲れるとは思わなかった。 おれは深いため息をつき、首を振った。 「もう、おれはそーゆーの向いてないですから、いいです」 「そうかなー。 あ!爽太君にぴったりなのがあるよ!」 「……なんですか?」 ぐっと拳を握りしめ、キラキラした目でおれをじっと見つめる。 そして、皐月先輩はここが図書室だという事も忘れて言い放った。 「新体操!!」 「……いや、あれ格闘技じゃないし……」 「え?でも、なんかそれっぽいし」 邪気のない笑顔で言いくるめられ、おれはどっと疲れが押し寄せて来たのを感じた。 ある意味すごい。 この人には、敵わない…… 「お騒がせしましたー」 そういっておれを引きずりながら図書室を後にする。 おれはもう一度ため息をつき、聞いてみた。 「で?結局なにか始めるんですか?」 「んーん。なんか爽太君に進めてるうちに僕には無理かなーって思っちゃった」 「あ、そ……」 この人には、もう関わりたくない……