08.11.23

「あぁぁぁぁぁ!!!!!!!」 放課後の穏やかな時間帯。 そんなひと時に、廊下どころか、学園中に響き渡る叫び声。 帰ろうとしていた生徒、部活に勤しんでいた生徒、仕事を片付け ていた教師、その声に誰もが動きを止め、叫び声が聞こえてきた 方向を見つめる。 そんな中、叫び声の主がわかった生徒がお互い顔を見合せる。 困惑の表情を浮かべて、口を開いた。 「……今の、健吾だよなァ?」 「たぶん」 先に口を開いた真悟が、部室へ共に向かっていた佳乃に問う。 佳乃はそれに頷き、とりあえず部室へ向かう事にしたのだった。 もし、この時ライバルであろうとも健吾の元へ向かっていたのな ら。 事態は少し、ほんのすこーしだけでも良くなっていたかもしれな い…… 【空色ピアノ特別編 promise】 叫び声が上がる、二十分前の事。 彼が所属するホスト部・ディアの部室へと足を運んでいた健吾の 目の前に、ライバルである別のケアクローバーの部長、春琉が姿 を見せた。 「あ、健吾!」 「春琉じゃねーか。珍しいな、一人で」 「そうかな」 「いっつも番犬かチビ先輩か、どっちかはくっ付いてるだろ」 「そう言われてみればそうかも」 春琉は健吾に「番犬」呼ばわりされた不機嫌面と「チビ先輩」扱 いされている小さな上級生の姿を思い浮かべて笑った。 健吾に言われたとおり、思えば最近常にどちらかは傍にいたかも しれない。 それもこれも、三日前に届けられた「ホスト部消えろ」の脅迫文 がキッカケだった。 お客様に迷惑をかけるわけにはいかないからと、二つのホスト部 は休部扱いとなり、現在はディアの部長である美保子が調査を行っ ているのだが、彼女には珍しく苦戦しているとか。 そのせいで不機嫌メーターは振り切れっぱなし。 近づいても無視は当たり前で、話しかければ怒声以上に恐ろしい 氷の笑みが返される。 誰に対しても同じく、春琉も極力近づかないようにしているのだっ た。 「それにしても、ホスト部への脅迫って多いよね。腹立つ!」 「敵作ってるつもりはねーんだけどな。悪戯がほとんどでも、美 保子が犯人を突き止められてないってのも珍しい」 春琉は健吾に招かれ、ディアの部室に足を踏み入れた。 部長も部員も、念のため身の回りには注意しろという事だったは ずだが、春琉は平気で一人で出歩いていたため、健吾は気を使っ たのだが、後にこれを深く後悔する事となる。 「なんか飲むか?」 「え、いいよ。それより皐月は来ないのかな」 「何でアイツ?」 「茶道についてちょっと聞きたい事があったんだけど、なかなか 会えなくて、で、ここに来たの」 「もう少ししたら来るんじゃねーかな。昨日も来てたし」 健吾は自分のついでだからと春琉に紅茶を差し出した。 それを受け取り、春琉は自分の部室とは全く違うディアの空気に 戸惑いつつあった。 「やっぱり落ち着かないね」 「そうだろうな。教室にもそれぞれ空気っつーモンがあるし」 健吾はにやりと笑って春琉を見下ろす。 その姿を見て、春琉はため息を吐いた。 「健吾は普通にしてればカッコイイのにねぇ」 「おい、それはどういう意味だ?」 「え?そのまま。だって普段はいじめられてるじゃん、美保子に」 「違う!おれが美保子に付き合ってやってるだけだ!」 「またまたぁ」 春琉がケラケラと笑いながらバカにするのに苛立った健吾は、カッ プをテーブルに置いて春琉に近づく。 その手からカップを奪い取るようにして、健吾はすっと春琉に顔 を寄せる。 「あんまりバカにすんなよ。おれだって、一応傷つくんだぜ?」 囁くように、春琉の耳元でそう呟く。 不覚にもドキッとしてしまった春琉が顔を赤らめているのを見て、 健吾は楽しそうに笑う。 「おいおい春琉ちゃん?なーに赤くなってんだよ」 「あ、赤くなんかなってない!」 「可愛いぜ?春琉」 そこでカッコ良く終わっておけばよかったものの、健吾は春琉か ら離れる際にひらりとテーブルから落ちた紙を踏んでしまう。 ずるりと足を滑らせ、健吾はバランスを崩す。 前のめりになった健吾の目の前に、春琉が迫る。 「おわっ!」 「えっ、ちょ……」 春琉は避ける間もなく、健吾の頭突きを喰らう。 健吾は春琉の石頭に思い切り額をぶつけ、そのまま意識を手放し かける。 「いってぇ……」 額をさすり、そこで何かがおかしい事に気がつく。 声が、高い。 しかも聞いた事のある声で、自分のモノではない。 良く見れば、立っていたはずなのに椅子に腰掛けている。 恐る恐る視線を床に移動させれば、そこには見慣れた自分の体。 「……おいおい、マジかよ」 「いったたた……健吾の馬鹿頭! って、え?」 「おい、それを言ったらおまえの頭がそうだって事だぞ」 春琉の声が発せられ、健吾が目を丸くする。 目の前で手を挙げる自分の姿を見て、健吾……いや、春琉が絶叫 した。 「あぁぁぁぁぁ!!!!!!!」 「と、とりあえず落ち着こう」 「落ち着くのは構わないけど、あんまり私の体に触んないでよ!」 「さ、触ってねぇ!第一今はおれのモンだ!」 「今の発言相当いやらしいよ健吾!」 「ば、馬鹿言うな!」 自分でもそうかもと思った健吾の顔は赤い。 腰に手を当てるのをやめ、春琉(の中身は健吾)が咳払いをして 続けた。 「頭ぶつけて入れ替わるなんてどんだけお約束だよ」 「健吾と入れ替わったって言うのが嫌」 「あーそうかよ」 健吾(の中身は春琉)は膝を抱えて座り、そっぽを向いてしまっ ている。 まさか自分のそんな情けない姿を拝むとは思っておらず、春琉(の 中身は健吾)は頭を抱えた。 「おい、頼むから戻る方法を……」 「健吾、ちょっとケアクローバーに行ってみようよ」 「……おれの話を聞いてたか?」 「逆らうと美保子のトコに言って事情を話すよ?女の子の格好し ても、私は恥ずかしく……」 「ごめんなさい。今すぐ行きましょう」 「わかればよし」 入れ替わろうが何しようが、目の前にいるのは春琉なのだと健吾 は痛感する。 がっくりと肩を落とす春琉(中身は健吾)とウキウキの健吾(中 身は春琉)はケアクローバーの部室へ向かい、歩き出したのだっ た。 「……お、春琉! と、なんだよ健吾まで一緒かよ」 思い切り表情を歪める真悟を見て、春琉(外見は健吾)は思い切 りいい笑顔を見せる。 春琉(外見は健吾)は楽しくてたまらないが、真悟は不機嫌をあ らわにする。 「おい……なにニヤニヤ笑ってやがんだ?」 「え」 春琉(外見は健吾)が口を開く前に飛んでくる、真悟のこぶし。 思い切り殴られた春琉(外見は健吾)は、大絶叫。 「いっ、いったぁー!酷いよ真悟!!」 「はぁ?何言ってんだおまえ。気持ち悪ィな」 真悟は健吾(中身は春琉)から離れ、すす、と春琉(中身は健吾) にすり寄っていく。 「な、なぁ春琉、あのバカ頭さらにおかしくなってないか?」 「さらにってどういう意味だチビ先輩!」 「こ、こら春琉!あのバカみたいな口を利くんじゃありません!」 言いかえそうとして、無駄だと言う事に今更ながら入れ替わって いた事を思い出す。 「や、えと……その」 「春琉?まさかおまえも頭打ったか?」 「あーいやぁ、その……」 ここで、春琉(中身は健吾)の心の声を紹介しよう。 『おいおいマジかよ……春琉のヤツ、チビの事なんて呼んでた……?』 「あーえー、真悟、さん?」 「へっ!?」 顔を赤らめ、真悟は春琉(中身は健吾)をじっと見つめる。 いたたまれない気持ちにさいなまれ、健吾(外見は春琉)はそっ と視線をそらす。 目の前に広がる光景に、健吾は顔を覆いたくなった。 「酷くない?佳乃ぉー。真悟が殴ったぁー」 「いや、いつもの事だろ?」 「さらに痛かったよー」 よりによって佳乃にすがりついて泣く春琉(外見は健吾)を見て 赤くなってボーっとしている真悟を放置し、春琉(外見は健吾) の肩をがっちりと掴んで引き離す。 首を傾げる佳乃に背を向け、二人は緊急会議を開始する。 「おい春琉!おまえは今おれなんだぞ!?イメージ崩すような真 似すんなっての!!」 「だってぇー!すっごい痛かったよ!?」 「いつものおれはやり返してんだろ!殴り返せよ!」 「うぅ……わかった」 すたすたと、涙をこすりながら真悟に向かって行く健吾(中身は 春琉)。 呆けている真悟の前に立ち、我に返った真悟が悪態吐く前に…… 「お返しだぁっ!」 「うぐふっっ!!!!!」 強烈なボディーブローが決まり、真悟が青い顔をしてばったりと 倒れる。 それを見つつ、健吾(外見は春琉)はそっと手を合わせた。 「……成仏しろよ」 「ご、健吾ってば!!」 美保子の声がして、健吾は目を開く。 自分を覗き込む美保子と、どちらかと言えば見下す爽太の顔が飛 び込んできて、勢いよく体を起こした。 「っ!お、おれ……!?」 両手、顔、服装 どれを見ても自身のモノだ。 ホッとしつつ、美保子に尋ねる。 「春琉は!?」 美保子は首をかしげつつ、指をさす。 そこには額に氷を乗せてぐったりと横たわる春琉の姿があった。 「あんた、春琉になにをしたのよ?」 「え?いや、話してたら頭ぶつけて……」 「春琉に頭突きくらわしたわけ!?あんた何したのよ!!」 「ちちち違うって!!!そうじゃなくて」 「健吾がねぇ、私を口説こうとして失敗したのー」 「……え?」 体を起こした春琉の一言に、爽太が腕を組む。 「口説こうとして?」 「そーなの。なんかいきなりー」 「いきなり」 「はっ、春琉!ちょちょ、おまえ!!!」 バキ、と指を鳴らす音が健吾の耳に届く。 ちょっとはカッコイイ所を見せたつもりなのに、と後悔する間も なく、入れ替わったままの方が幸せだったかもと心底思うのだっ た…… 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!!!」 春:終りが夢オチって、まさにプロミスだね 爽:お約束ってヤツっすね