09.02.11

※読む前の注意※ 部屋を明るくして、画面から離れて見て、爽太が美保子にチューした番外編を 記憶から削除してから見てね☆ 遊園地という場所は、自然と笑顔に慣れる場所だと思う。 何もしなくても、耳には叫び声やら笑い声やらが響いてくる。 せっかくセットした髪も暴風で荒らされ、早起きの苦労を無駄に させられる。 それも、隣に立つ人を見ればまぁいいか、と思ってしまう。 視線を送れば、すぐに気がついてこちらを見てくれる。 嬉しくなって、思わず笑ってしまう。 「たくさん遊ぼうね、光」 「そうだな」 普段あまり見せない笑顔を、光はまっすぐに向けてくれる。 自然と手はつながれ、走りだした…… 【空色ピアノ特別編 wonderworld】 「……うそ」 ジェットコースターの順番待ちで光と並んでいた美保子は、目に 飛び込んできた光景に目を疑った。 光はそんな美保子を不審に思いつつ、ゆっくりと視線を向けよう とするが、美保子に首を無理矢理ひねられ、阻止される。 「ぐっ!」 「ダメだって光!視線向けたらバレるから!」 「バレるって何が」 光が首をさすりながら尋ねると、美保子は光に顔を寄せてささや いた。 「何でか、春琉と真悟と、爽太と佳乃がいるのよ。他のメンツも 揃ってるかもしれないけど、私が見たのはその四人」 「マジかよ」 光はため息を吐く。 普段なら一緒に遊ぼうと言う気になるだろうが、今日は二人きり のデートという事でここにきている。 何が何でも邪魔はされたくない。 「見つかったら付きまとわれる。今日は絶対に嫌だ」 「おれだって同じだ。でも、まぁこれだけ広い遊園地だ。ばった り会う事もないだろ。あんま気にすんな」 「……だといいけど」 気にしすぎて楽しめないと言うのが一番困る。 美保子はそう思い、光の言うとおりあまり気にかけない事にした。 だが。 「ちょ、前、前!」 「……結局全員いるのかよ」 あちこち回る度に遭遇する、見知った顔。 広大な敷地のはずだが、美保子と光はことごとく顔なじみのメン バーを見かけてしまっていた。 「こっちが見つかるのも時間の問題かもね……はぁ」 「そん時はそん時だ。見つかったとしても邪魔はさせない」 光はそう言って美保子の手をぎゅっと握る。 ぽつりと見せた光の笑みに引っ張られるように、美保子は足を踏 み出した。 「そうだね」 美保子がその時に見せた笑顔は、今日一番。 光がそう思ってほんの少しだけ頬を赤らめたのもつかの間、一瞬 で二人の表情は青ざめた。 「……美保子先輩、光先輩」 目の前に現れたのは、両手にソフトクリームを持つ爽太だった。 二人は思わず固まるが、爽太は短いため息を吐いてその場を離れ た。 「ごゆっくり」 「え……」 爽太の背を見送ろうとした美保子の視線を遮るように、光が美保 子の手を引く。 「目で追って他の連中に見つかったら厄介だぞ」 「そ、そうだね」 「何も言われなくて良かったな」 美保子はこくりと頷いたが、爽太が無視して去ってしまった事に 何となく違和感を抱いていた。 彼らはどうして来ているのか、美保子は考える。 「美保子、あれに乗ろう」 「うん!」 だが、光の楽しそうな声を聞いてそんな思考もどこかへ吹き飛ん でしまった。 今は貴重な時間をめいっぱい楽しもう。 そう決めて、美保子は歩き出した。 「接触しちゃいました」 ソフトクリームを春琉に手渡すなり、爽太はいきなりそんな事を 言い放つ。 休憩スペースに集まっていた一同は目を丸くして爽太を見つめた。 「ま、マジかよ!おれ達いるのバレたら計画はパーだぜ?」 「というか、結構派手に遊んでるじゃないですか。もうバレてる と思いますよ。二人ともあんまり驚いて無かったし」 「それならいいか!」 「良くないよ、春琉」 秋人の呆れた声を気にすることなく、春琉はソフトクリームを片 付けていく。 もう一つのソフトクリームは爽太自身のモノで、爽太も食べなが ら冷静に言葉を続けた。 「おれを見てもあまり驚いてませんでしたもん。やっぱり、みた いな感じで。だから誰かしら姿を見られてるんですよ」 爽太の言葉を聞き、健吾は腕を組んで唸りだす。 「んー……やっぱココは突撃すべきか?」 「バカかテメーは!!そしたら意味ねーだろ!!!」 健吾の言葉に真悟がツッコミを入れ、ずっと黙っていたエリルが 口を開いた。 「このまま彼女達に接触せず、ただ僕らは僕らなりに遊んだ方が いいんじゃないかな。もどかしいと思っているのは全員同じだし」 「それもそうっすね」 爽太はこくりと頷き、三日前の出来事を思い出していた…… 三日前 「こんにちはー……って、あれ、光先輩」 爽太が部室のドアを開けると、そこには光の姿しか見られなかっ た。 自分が好きだった美保子の彼氏、という事もあり、爽太はあまり 光の事を良く思っていないからだ。 それを承知している光も、爽太の後輩らしからぬ態度にも特に咎 める事無く接した。 「早いな」 「たまには、ね。また遅れると美保子先輩に怒られますし」 「……なぁ、爽太。聞きたい事があるんだ」 珍しいな、と思いながら爽太は振り返る。 ほんの少し頬を赤く染め、光は爽太の方を見ずに言った。 「……美保子に、その、」 「はい?何言ってるか全く聞こえませんけど」 「だから!! み、美保子に、き、き、」 「は?」 何を言おうとしているのか全くわからない光に苛立ち、爽太は深 いため息を吐いた。 「なんですか!?」 「あーだから!!!!!美保子にキスするタイミングはいつだと 思うか聞きたくてだなァ!!!」 「………はぁ?」 光は勢いで言わなくてもいい事まで口にしてしまったらしく、顔 色が青から赤に変わっていった。 そんな光を見て思わず吹き出した爽太に、今度は光が怒りだす。 「おい、笑うな!!」 「わ、笑いたくもなるでしょ!!何言ってんですかアンタ」 「……もういい。お前に聞いたおれがバカだった」 それきり光は口を閉ざし、爽太と顔を合わせようともしなかった。 そう言えば遊園地にデートに行く、という話をコッソリしていた のを実は盗み聞きしていたのを思い出し、爽太の中に存在する「悪」 スイッチが入る。 「……退屈な休日になりそうだったんだよね」 爽太が手当たり次第に声をかけまくったのは、この三十分後の事 だった…… 「ま、ぶっちゃけ何の進展もない二人にイライラしてたのは全員 同じって事だな」 「それもそうだけどさ、美保子と光なりの付き合いがあるんだか らほっといてもいいと思うけどなぁ」 「ダメだぞ春琉!奥手がいいとは限らないんだから!!」 「……真悟、それ、自分に言ってないかい?」 爽太がそっとため息を吐くと、隣に座っていた皐月が首をかしげ た。 「爽太くん?疲れちゃった?」 「いいえ。呼びすぎたなーと思いまして」 正直、春琉だけでも十分だったのだ。 それなのに話がどんどん広がり、結局これだけの大所帯になって しまった。 「これがホントのホスト部の楽しみ方ね☆」 と春琉は喜んでいたが、爽太の思惑とはまるっきり逆だ。 これはこれでいいか、と諦めてため息を吐くと、再び皐月が心配 そうな表情を浮かべた。 「さて、次はどうします?」 「そうだなーって、おい!あそこ見ろ!」 佳乃が指さす方向を見ると、仲良く手をつなぐ美保子と光の姿が 目に入った。 向かう先にあるのは、何と観覧車。 「あーもうダメだ。観覧車はダメですよ」 「何がダメ?」 「だって密室ですもん」 爽太の言葉に一同が固まる。 ガタン、と音を立て、春琉がその場を離れて走り出した。 「ちょっ、おい春琉!!!」 「あ、あいつなんでいきなり!?」 「待って下さい」 慌てて後を追おうとした一同を、爽太が止める。 なんだと振り返った健吾の目に映ったのは、黒い笑みを浮かべる 爽太だった。 「美保子先輩に怒られるのも嫌ですし、面白そうですし、見てま しょうよ」 「……お前、後者が本音だろ」 真悟のツッコミを無視し、男達は走っていく春琉の背中を見つめ る。 息を切らせながら美保子の腕を掴んだ春琉を見て、美保子は目を 丸くした。 「な、春琉!?」 美保子と光は慌てて辺りを見回すが、男達はそれぞれ隠れたため、 姿を確認する事が出来なかった。 「春琉、おまえ何してんだ?」 「光、に……一言、言いたく、て」 荒い息を整えつつ、春琉は顔を上げる。 満面の笑み……かと思いきや、春琉はニヤリと笑みを浮かべて言 い放った。 「美保子ちゃんにチューしていいのは私だけだよ」 「っ!?」 光は顔を真っ赤に染め、美保子は首を傾げる。 「それだけー。んじゃね」 「ちょっと春琉!?」 ひらひらと手を振りながら去っていく春琉を見つめていた美保子 の手を引き、光は歩き出す。 「何なんだろうね?」 「さぁな」 光はスタスタと歩き、美保子と共に観覧車に乗りこむ。 少し不機嫌な光の顔を覗き込み、美保子は首をかしげた。 「どうしたの?」 「別に」 「春琉の事、気にしてるの?」 無言を決め込む光に、美保子はため息を吐く。 そっぽを向き、言い放った。 「そんな態度じゃ、光にチューなんてしてあげないから」 「げほっ!!!」 せき込む光に視線を向けず、美保子は窓の外の景色を眺める。 ちょうど真下に当たるジェットコースターの乗り場でいつものよ うに喧嘩をする真悟と健吾を見つけ、苦笑する。 そんな美保子を見つつ、光は小さく呟いた。 「……ごめん」 「聞こえないもん」 「悪かったよ。おれが悪かった。許して、くれ」 ぺこりと頭を下げる光を見て、美保子は思わず吹き出す。 光のふわりとした髪を乱し、美保子は頷いた。 「そんなに怒ってないよ。まぁ光のあまりのヘタレさには少し、 いやかなり?びっくりしたけど」 「ヘタレ……」 その言葉に落ち込む光だったが、景色を眺め、夕日を浴びる美保 子の横顔を見つめ、そっと手を伸ばす。 やわらかい髪に指をからませ、笑みと共に言葉をこぼした。 「好きだよ、美保子」 「なっ、なによいきなり」 「赤くなってる」 「う、うるさいっ」 照れる美保子というのも珍しく、光は愛しさを募らせる。 目の前で夕日に負けないくらいに顔を赤く染める強気な彼女がほ んの少しだけ自分だけに見せる弱さが、たまらなく好きだった。 いつでもまっすぐで強い彼女が弱くなれる空間が自分の前だけだ と言う事がとても嬉しかった。 光はそっと美保子の隣に移動し、照れて顔を見せようとしない美 保子を背中から抱きしめた。 こんなにも小さかったかと驚くほど、美保子の体は光の腕にすっ ぽりとおさまった。 「好きだ」 「……うん」 こんなにも素直に、自然に想いがこぼれる。 逆に戸惑ってしまうくらいに愛しくて、大切で、もどかしくなっ てしまう。 光はそっと美保子を離し、席を移動する。 美保子は少し驚いたような、困惑するような表情を浮かべたが、 光がにやりと笑って見せたのを見てすぐに視線をそらした。 「なに残念がってるんだ?」 「残念がってない!何か光、性格変わってない?」 「気のせいだよ」 「もう……あ、もうすぐてっぺんだ」 美保子はゆっくりと立ち上がる。 ふらつかないようにと、光は美保子の腕を支えながら下を見下ろ す。 「高いねぇ」 「さすがにここからじゃあのバカ達も見えないしな」 「ふふ。そうだね」 光は下を見下ろし、次は何に乗ろうか、と呟く。 そんな彼の横顔を見つめ、美保子はそっと光の頬に口付けた。 「っ!!!」 「さっきのお返し。不意打ちってすっごいダメージなんだよ?」 いたずらっぽく笑ってみせる美保子は、すぐに視線をそらして景 色に意識を集中させる。 「……なるほどな。勉強になった」 「何か言った?」 「何でもない」 それきり二人は言葉を紡ぐ事はなかったが、気まずさは感じず、 ただ穏やかな空気が流れるのを心地よく思っていた…… 「あーよく遊んだねぇ」 「ホントにな」 ぐ、と体を伸ばし、光と美保子はようやくたどり着いた地元の空 気を吸い込んで深呼吸をする。 観覧車から降りた後はメンバー達と会う事はなく、あの場に居合 わせた事を忘れるくらいに楽しく遊んだ。 どちらからともなく、二人は当たり前のように手をつなぐ。 だが、美保子は光とつないだ手に何か違和感を感じてつないでい た手を解いた。 「何?」 「不意打ち」 意味がわからず首を傾げる美保子に、光が笑みを浮かべて手を差 し出す。 差し出した美保子の手の上に転がる、小さな指輪。 「これ……」 「今日の記念って事で」 小さな青い石が付いたシルバーのシンプルな指輪を、美保子は笑 顔でつまみ上げる。 光はそれを美保子から受け取り、彼女の右手の薬指にはめた。 「これからも一緒にいて下さい」 光の口から言い放たれた言葉に、美保子は一気に顔を赤く染める。 いつもの光ならこんな事を絶対に言わないはず。 一瞬夢なのではと疑いたくなり、夢だったらどうしようかと不安 になって涙が出そうになる。 「美保子?」 「嬉しすぎて、現実と思えなくて……」 「現実だよ。夢なら楽しいだけ。不安に思うなら、夢じゃなく現 実だ」 光は美保子を抱き寄せ、そう囁く。 こくりと頷いた美保子を抱きしめてから、光は美保子をそっと離 す。 初めて交わしたキスは、あまりにも甘くて…… 美保子が幸せに浸って涙を流したのを知っているのは、夜空に浮 かぶ満月と、恋人だけ…… 【おまけ】 「春琉?」 戻ってきた春琉が泣きそうな表情を浮かべているのを見て、真悟 は思わず息をのむ。 「大丈夫か?」 春琉はこくりと頷くだけで、声に出して答える事はなかった。 それでも、真悟には何となく感じていた。 春琉が走り出した理由も、今泣きそうな表情を浮かべている事も、 ずっと大切にしてきた友情が失われるんじゃないかと不安に思っ ているのだろうなと言う事を。 「春琉、遊ぼうぜ!疲れて学校ズル休みするくらい!」 真悟の提案に、健吾とエリルが顔を見合わせ、皐月は戸惑いの表 情を浮かべる。 佳乃と秋斗はにやりと笑いあい、春琉の腕を引き上げてずるずる と運んで行く。 「こういう時は絶叫だよなァ」 「その通りだな、佳乃!」 「え、マジで?」 「何?チビ先輩は怖いのかなぁ〜?」 「ちっ、違ぇ!!」 周りに支えてくれる、引っ張ってくれる仲間達がいる。 春琉は自分を飲み込もうとしていた闇を振り払い、笑顔を浮かべ た。 「ありがと、真悟」 「うぇ!?あ、いや、その……」 「さー遊ぶぞー!!!」 「おおーっ!!!」 その後ホントにはしゃぎまくり、ぐったりとした表情で登校して きた男たちを見て、春琉は一言。 「情けなさすぎ!!!」 春琉が元気良すぎなのだとは口が裂けても言えないのだった……