10.03.05
仰げば 尊し わが師の 恩 卒業式 涙を必死にこらえているのは、美保子や春琉達後輩ではなく、卒業してゆく立場のエリルと真悟だった。 【空色ピアノ短編本編小説・本最終回 さよならと、これからも】 「卒業式が終わったら、桜の木の下で待ってる」 春琉が真悟にそう言われたのは、以前行われた新年会後のデートだった。 あの後のデートでは、春琉は遊びに行く、という感覚でいた。 だが、真悟は違った。 いつもは感じない空気に、春琉は緊張と言うか、胸が高まるのを感じていた。 それが何を意味するのかは、よくわかっていなかった・・・ 「わぁ・・・」 卒業式に合せて咲き誇ったかのような、満開の桜。 春琉は泣き腫らした赤い目で、桜を見上げた。 今日が終われば、ホスト部からは二人の部員がいなくなってしまう。 美保子には合併しようと言われたけど、そんな事、春琉にはできるわけがなかった。 「だって・・・」 「だってって、なんだ?」 「わっ!! い、いたの?」 にっと歯を見せて笑う真悟。 花束を肩にかけるようにして抱え、前の開いたブレザーのボタンは・・・一つもない。 「悪ィ。ボタン狩りに遭っちまって・・・遅れちった」 「モテモテだね」 「そーでもねーよ。 おれには、一人だけだし」 急に真剣な表情になる真悟に、春琉の緊張は最高潮になる。 ごくりと唾をのむ音が、真悟にまで聞こえてしまうのではと思われるほど、あたりは静まり返っている。 ここは大騒ぎとなっている校門前とは反対にある。 そのため、声が全く聞こえないのだ。 「そういや、美保子に聞いたぜ?合併、断ったんだってな」 「う、うん。だって・・・」 「あ、まさかさっきそれ考えてたのか?」 こくりと頷く春琉。 自分でもよくわからないが、涙があふれた。 それをみて、真悟が慌てる。 「ちょっ、わ、悪い!おれ、変な事言ったか!?」 「ち、違うの!ごめ・・・あ、のね」 ふう、と息を吐き、春琉はにっこりといつもの笑顔を浮かべて言い放った。 「だって、合併なんてしちゃったら、真悟とエリルのいた証拠が消されちゃうじゃん。そんなの、淋しいもん」 「は、るる・・・」 「そんなの、嫌だよ・・・ホントに、ホントに淋しい・・・っ!」 「な、泣くなよ!泣きたいのおれなんだぞ!」 真悟は春琉の頭を優しく撫でる。 本当は抱きしめたかったが、それはためらわれる。 ・・・意気地が、ない。 自分でもわかっているが、春琉とのこの関係を、絶対に壊したくない。 だけど、いい機会だ。 何も心残りを残さず、笑顔で、いい思い出だけを持って卒業したい。 「・・・春琉」 「な、なに?」 「もしかしたら知ってるかもしれねーけど、おれ・・・春琉がずっと好きだったよ」 春琉はがばっと顔をあげて真悟を見つめる。 真悟は苦笑しながら、続けた。 「はは。そうか。周りにはバレバレだったんだけどな。 春琉の笑顔を見るのがおれの楽しみで、ホスト部にいるのも 春琉の傍にいられるからだった。どんな形でも、春琉の傍で笑ってられる事、おれの傍で春琉が笑ってる事が、おれの 喜びだったよ」 「し、んご・・・」 「大好きだ、春琉。今も・・・これからも」 春琉は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、真悟の胸板に顔を押しつけた。 とっさの事に、真悟が驚いて倒れそうになる。 「な・・・」 「真悟の、馬鹿!もっと早く・・・言ってほしかったのに」 「だ、だって・・・美保子に邪魔されたりとか・・・って、え?」 「わ、わたしも・・・真悟の事、すき、だよ」 その小さな言葉に、真悟は嬉しさでいっぱいになる。 叫びたかったが、それを必死にこらえる。 「ほほ、ほんと、か?」 こくり、と無言で頷く。 「夢じゃ、ないよな?」 もう一度、頷く。 「・・・・・・抱きしめて、いいか?」 少し間をおいて・・・春琉は頷いた。 真悟は春琉を優しく、それでも力強く抱きしめた。 自分とあまり変わらない身長だと言うのに、春琉は随分と小さく感じた。 部長として頑張っていた時は、少し大きく感じたのに。 真悟は思わず笑ってしまった。 「な、なに?」 「いや、なんでもない。 春琉、おれ、待ってるから」 「え?」 「大学で、春琉を待ってるよ」 「・・・うん・・・・・・!」 「・・・え?こ、告白したの?真悟先輩?」 「おう」 「お、おめでとーっす」 「おめでとうございますっ!で?で?どうだったんですか!?」 「・・・つ、付き合う、ことに・・・」 戻ろうとしたところで、爽太と皐月のコンビに掴まった真悟と春琉。 スキャンダルをキャッチされた芸能人の如く、質問攻めに遭っていた。 「へぇ・・・美保子先輩が知ったら、全力で邪魔されるんじゃないすか?」 「美保子先輩は春琉先輩の事がすごく好きですからねぇ」 「お、おれの方が春琉の事好きだしな!ダイジョブだ!!」 「ちょっ、しんごっ!!」 聞いている方が恥ずかしいセリフを、真悟は照れつつも言い放つ。 爽太は呆れ気味に、皐月は嬉しそうに聞いていた。 「それにしても、健吾先輩の敵ですけど今は応援と祝福をしますよ、真悟先輩」 「お、おう!サンキュー」 「でも、これから淋しくなるよね。もうホスト部、来られないし」 「だな」 「そうですよね」 二人と一緒になって肩を落とす皐月。 そんな三人を見て、爽太はため息をついた。 「あの、大学、恋夢でしょ?」 「おう。恋夢大だけど」 「だったらホスト部、続けられるでしょ」 「え?」 「だって、キャンパスはここから歩いて五分、目の前だし。 春琉先輩が頼めば、美保子先輩が学園長をどうにかしてくれるでしょ」 「・・・・・・あ、なるほど」 爽太は思わず頭を抱えるが、嬉しそうな三人をみて、なんだかどうでもよくなってしまった。 ため息をつき、自分はこれからどうしようかと考えてみる。 ・・・やはり、略奪愛だろうか? 「ありがと、そうちゃん!」 「え?あ、はぁ」 「うーっし!これからもよろしくってな、春琉!」 「こちらこそ!」 「お前らもな、爽太、皐月!」 「はいっ!」 「仕方ないっすね」 向こうから走ってくるのは、美保子だろうか。 これから春琉は真悟との事を美保子に報告して、今後の事をお願いして、 他の部員にも伝えて、それから それから・・・ とりあえずは、この一言だ。 「みんな!これからもホスト部を、よろしくね!!」