08.05.19

その日の午後、とある部室からは大絶叫が響き渡った。 その部室とは、女生徒から絶大なる人気を誇るホスト部、「ケアクローバー」からのものであった・・・ 【空色ピアノ オリジナル小説版  <思い浮かぶは君の笑み>】 「いーーーやーーーだぁぁぁぁぁ!!!」 相変わらず絶叫がやまない部室の中では、一人の男子部員が大声でわめいていた。 彼の名は、藤山真悟。 ホスト部の中では一つ上の学年であり、本来ならばまとめ役としているはずの存在である。 そんな彼の姿をうんざりした表情で見つめるのが、ホスト部の頂点に立つ女生徒、神坂春琉だ。 「もうっ!いい加減にしてよ!五月十九日はホスト部は休み!私達も部活なしでさっさと退散だよ!」 「だーから嫌だって言ってんじゃんか!!」 「なんでよ!?たまには早く帰りたいの!!」 「だったら別の日でもいーじゃねーかぁぁ!!!」 「十九日じゃなきゃダメなのよ!!」 「いーーーやーーーだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 ・・・この繰り返しである。 客である女生徒の姿が消えた部室で、春琉は突然五月十九日は用事があって部活動が出来ないと言い出したのだ。 ホスト部のルールとして、部長がいなければ活動はできない事になっている。 部長には従うのが前提であり、先輩である真悟は逆らう事も受け入れる事も出来ないでいる。 深いため息をついてそんな二人を見ているのが、北里秋斗。 彼は春琉と同級生の部員であり、女生徒の人気も高い。 そしてもう一人。 金の髪と青い目を持つ美しいともいえる男子生徒が、エリル・メディックである。 真悟と同じく学年が一つ上。お菓子作りが得意なハーフである。 「真悟、もうそろそろ諦めたらどうだい?春琉は一度決めた事は曲げないって事、知っているだろ?」 「うぅ・・・」 「はぁ・・・なんでそんなに怒るの?十九日、なにかあるの?」 真悟はこの問いにそっぽを向いて答えようとしなかった。 言わなくてもわかってほしい。 勝手な理屈だと理解していても、そうせずにはいられないのである。 「・・・わかったよ。 十九日は部活なし!以上だな!!」 「ちょ、真悟!?」 「いでっ! ・・・なんだ?どうしたんだよ」 「モメ事だよ、佳乃」 「は?」 遅れて登場したのは、不良のトップに立つ男、綾瀬佳乃である。 何故そんな彼がホスト部にいるかといえば・・・それは春琉の彼を恐れない強引な勧誘の賜物であろう。 彼と話したくとも遠すぎる存在とあきらめていた女生徒からすれば、大変ありがたい話である。 「何があったんだ?」 「さーて、真悟がいなくなってくれた事だし! 始めよっか!」 「会議、か?それにしてもいなくなってくれたってのはひどいような・・・」 「ちょ、説明しろっての!」 「あぁ、すまない。それじゃあ僕から説明しようか・・・」 「・・・はぁ」 深いため息は、真っ青な空に溶けてしまった。 真悟はそう思いつつ、再びため息をついた。 今度はさっきとは違う。 重苦しい、地面にめり込むようなため息だった。 「やっぱ・・・覚えてねーのか」 他の誰に忘れられていようと構わない。 春琉だけには、覚えていてほしかったなと、真悟は思った。 自分のつまらない意地が原因で、春琉を怒らせてしまった。 それだけは避けたかったのに。 「謝らねーとなぁ・・・」 だが、思うように足は動かない。 心と体が考えているように素直ではないらしい。 「馬鹿だな、おれ・・・」 期待は、かすかでも抱いてはいけない。 何故なら、裏切られた時の悲しみが尋常ではないからだ・・・ 月曜日に春琉に謝ろう。 真悟はそう心に決め、鞄を抱えて学園を去る事にしたのだった。 夕日に照らされて伸びる真悟の影は、とても淋しかった・・・・・・ 月曜日。 二日間の休日は、真悟にとって苦痛でしかなかった。 喧嘩別れしたままの春琉に会うのが、ものすごく嫌だ。 いつもの自分なら、もう一つのホスト部にいる男に会うのを何より避けたいと思うのに。 ・・・なんて考えているうちに、すでに今は放課後。 そして足は自然と昇降口へと向かっていたのである。 よほど春琉に会いたくないらしい本心の自分。 鼻で笑い飛ばした直後、真悟は思いがけない声を耳にしたのである。 「しーんごっ!」 「は、春琉!!」 にっこりと笑う春琉は、真悟の腕を掴んでそのままどこかへ引きずっていく。 声をかけようとしたが、真悟は何故かそうできなかった。 今の春琉には絶対に、何があっても逆らえない。 そんな気が、したからだ。 「真悟、金曜日は、ごめんね」 春琉の口から飛び出したのは、自分がずっと封じてきていた言葉。 あっさりと春琉の口から出てきたので、真悟は何を言っているのか一瞬理解できなかったほどだ。 「い、いや、おれがわがまま言ったから・・・」 「本当にごめんね。 で、そのお詫び!」 春琉が開けたのは、ホスト部の扉。 その向こうには、お客さんである女生徒と仲間の笑顔。 「は、春琉・・・?」 「真悟!」 「お誕生日、おめでとうっっ!!」 春琉の呼びかけを合図に、全員の声が重なる。 思わず涙を流しそうになる真悟だが、それをぐっとこらえた。 真っ直ぐに前を向いて、一歩一歩ゆっくり、確実に踏みしめ、そして部室に入った。 「秘密で用意したくて、真悟に喧嘩ふっかけちゃった。ごめんね」 「え?じゃあ・・・」 「うん、あれ、演技!」 「まったく、素直に始めから祝うって言えばよかったんだよ」 「それじゃ面白くねーだろ、秋斗」 「おかげで大成功。真悟も、泣いて喜んでいるしね」 「な、泣いてねーよ!!」 真悟は思わず目をこすった。 ・・・ヤベ。 涙が、こぼれてる。 情けないけど、目の前にある笑顔を見ていたら、どうでもよくなってしまった・・・ 「ありがとよ!!!」 真悟は、思い切り叫んだ。 胸一杯に広がって、苦しくてたまらなかったから。 そして、笑っていた。 昨日までの憂鬱は嘘のよう。 「それじゃ、ケーキを配るよー」 「まってまし・・・」 「まった!真悟の分はあとで!」 「は!?」 「まずはお客様、ね?」 「・・・おぅ」 自分の誕生日であっても、客を優先する。 これも、ホスト部の鉄則である。 「それから・・・これ、私から!」 「え」 「タオル!よく使うだろーなーって。 ちゃんと使ってよ!」 「あ、ありがとう・・・」 春琉はにっこりと笑い、お客にケーキを配るエリルの手伝いへ。 真悟は、手渡された紙袋を抱えて心の底から笑った。 「ぃよっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」 「真悟先輩、うるせー」 佳乃の文句なんてどうでもいい。 今は、ただ最高に幸せだ。 「お前らみんな、大好きだー!!!」 そして今日も、ホスト部ケアクローバーからは絶叫が響くのだった・・・・・・